Author: naoPage 4 of 4

以前、私は新中野にある心療内科に通院していた。診療所の受付の女性は私の調子がどうであれ、いつも変わらない穏やかな表情で優しく接してくれていた。ある日の通院後、私は保険証が手元に無いことに気付いた。診療所で受取りそびれたのだと思いあわてて電話をかけるといつもの女性が電話に出た。保険証を忘れていないか確認をすると、女性は申し訳無さそうに、会計時に返却しそびれたので速達で送るという。後日診療所から届いた封筒の中には、保険証と電話代と書かれた紙に500円玉が包まれていた。

写真家を目指すと言い、会社を辞めてから5年程経った頃、私の写真と文章を新聞の生活欄に連載するという仕事を頂いた。その最中、無視していた田舎の母からの三度目の電話があり、電話をとった。 「山本くんていう同級生、おんさったやろ?」 彼の顔が浮かんだ。 「亡くなんさったって。」 「なんで?」 「ガンになっとんさったって。九ヶ月闘病しとんさったらしか。」 空腹だったことと、原稿が進まないことで苛立っていた。こういう時の正しい反応は、どれだろうかと頭を巡らせた。それがわからず、困惑し口ごもり、新聞連載の仕事はダメになったと、母に伝えた。

Trying to distract my weariness in a cafe after work, I chose some rock on my iPhone, and lit up a cigarette. I wondered lazily whether I would…

友人との約束の時間に間に合わせるために、自転車に乗り、高円寺に向かった。今、私が事故に遭い死んでしまったとしたら、どのようにして私の身内に伝わっていくのだろうかと、 自転車を漕ぎながら考えた。お世話になった人から頂いたシルバーの腕時計をポケットに入れていた事を思い出した。私は、自転車を止め左手首に腕時計をはめた。

東高円寺駅を降り、家路を歩いていると、二人の青年が自転車を引いて歩いていた。 「・・・を仲間にするには・・・」 どうやら話はゲームの内容だった。大学生の頃、就職活動をする現実から目を背き、1つしか持っていなかったプレイステーションのゲームを何度も繰り返して過ごしていたことを思い出した。ゲームが楽しかった訳ではないが、それ以外に何かを先に進める行為が思い浮かばなかった。 ある日、看護の勉強をしている友人が、死生観についてのセミナーがあると紹介をしてくれた。興味があったが、特に理由もなく、そのセミナーには参加をしなかった。セミナーの内容はどういうものだったのだろうかと思いながら、駅から家へと歩いていると、先日見かけた二人の青年が自転車でこちらに向かっている。 「リガズイと、ガンダムXと…」 すれ違い様に聞こえた会話は、どうやらまたゲームの内容だった。その声質は、活気に満ちたものだった。

掲載誌: “Photography -No.2” 『PHaT PHOTO』2012年1月-2月号

2011年10月4日〜11月4日にかけてKULA PHOTO GALLERYで開催された大島尚悟写真展「PHOTOGRAPHY -No.2」が、PHaT PHOTO 2012年1月-2月号[鷹野隆大の展覧会日誌]で取りあげられています。 一部抜粋転載 《……やるせない毎日を“撮る”という行為によってどうにかつなぎとめている、そんな感動を与えます。……》